「……もいつかは嫁に行くんだよな……」
しみじみと呟かれた言葉に、はぶっと酒を吹いた。
ほろ酔い加減で気持ちよく飲んでいたのに、一気に吹き飛んでしまった。
見れば共に酒盛りをしていた国王や独騎長も、苦虫を飲み込んだような顔をしてリィを凝視している。
「ど、どうしたリィ?」
「そうだぜ、年頃の娘がいる父親みたいなこと言いやがって」
中身はあれだが、外見は絶世の美女。
そんなリィの言葉に、友人でもある三人は物凄く微妙な顔で見やっていたが、ややあって何かを思い出したようにがぽんと手を打った。
「あー、あれかな? 昼間にヤーニス神殿で結婚式やってたの」
「なるほど……」
「しっかし、考える方向が違うだろ」
普通ならいつかは私も、と夢見るのが年頃の乙女というものだ。
それが女友達が嫁に行ってしまうかもしれない、とはよくよく常識から外れている。
「しかしが……嫁、か?」
「そこらの男よりずっと高給取りだよな、お前」
「正直、旦那より奥さんが欲しい」
ふっとどこか遠くを見つめる微笑は、仕事に疲れた漢のものだ。
女子供に優しく男に厳しく、コーラル中を駆け巡ってばりばり働いている女性侍医は、城の侍女たちにも大人気だったりする。
そんなが、三歩離れて影を踏まず、身を粉にして尽くす姿。
「……想像もつかん」
「ほっとけ」
侍医は国王に蹴りを入れた。
とてもじゃないが、デルフィニア以外では絶対に見られない光景だ。
これが酒の席以外でも行われているから世も末だ、としみじみ感じ入りながら、イヴンはふと思いついた考えを口にした。
「でもお前なら、いきなり相手を連れてきそうだぜ」
「そう?」
「一度決めたら思い切り早すぎるだろうが。『お父さん、聞いて……』ってな?」
「あ、それいいね」
しゃなりとしなを作ったイヴンに、も悪戯っ子のような顔になった。
隣にいたウォルの腕を抱き寄せると、恥ずかしそうに頬を赤らめてみせる。そして初々しくも幸せそうに、花が綻ぶようにふんわりと微笑んだ。
「――私、この人と結婚するの」
「なーんて……」
べぎッと破壊音が響いた。
今にも笑い飛ばそうとしていた三人は顔を強張らせ、おそるおそる音の源を辿る。見ればリィが使っていたはずの銀製の杯が、見事にひしゃげていた。
いくら繊細な造りとはいえ、素手で変形できるような代物ではない。
言葉を失った三人の耳に、低く唸るような声が届いた。
「……駄目だ」
「り、り、リィ? リィさん?」
「そこらの男なんかに簡単に渡せるか!! と結婚したいなら、俺を倒すくらいの奴じゃないと絶対認めないからな!!」
現世の戦女神。
黄金と翠の闘天使。
一度剣を奮えば百の騎士が倒れるとまで評された、剣の申し子。
デルフィニアに光臨したバルドウの娘と渡り合える相手など、国内でも両手の指が余るほどだ。それに勝つとなると夢のまた夢である。
友人の熱意を真正面から受け取ったは、ぽつりと呟いた。
「……私、一生結婚できないかも」
友情設定です。
できちゃった婚ともなれば、問答無用で袋叩きにしかねません。
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