日も暮れ始めたところで、三人は焚き火を囲って座っていた。 ぱちぱちと爆ぜる火を眺めながら、足を組んで頬杖をついていた少女は、大きく息を吐いた。 「さすがに、まいった」 「どうした?」 「言っても絶対信じてくれないだろうけど……ついさっきまで、ぼく、男だったんだ」 男は大きく首を振った。何を馬鹿な、というしぐさだった。 は懸命にも、無表情を貫いていた。自分だってあの特殊な友人関係がなければ、まず間違いなく信じない。精神病院の住所を握らせて早足で立ち去っただろう。 そんな二人の様子にちろりと緑の目が動いて、ため息をつく。 「だろうな」 「当たり前だ。そういう話を信じろという方が無理だぞ」 「僕だって信じられない。どおりで体が変なわけだ」 「俺には、お前は、産まれた時からその姿でいるとしか思えないがな。どう見ても娘の姿だ。第一その髪はなんだ。それも急に伸びたというのか?」 「これは前からさ。それにこの顔も前からだ」 少女の言葉に、男は頭をひねった。 「その顔で、その髪で。どうして男だ。それとも首から下だけが別人だとでも言うつもりか」 「誰かがきっと、僕の体に魔法をかけたんだ」 「馬鹿を言うな、そんな魔法は誰も使えん」 「そうなの?」 どうも要領を得ない少女の代わりに、男はぼんやり二人の話を聞いていた娘に目をむけた。 男と同じ黒髪は何とか肩に触る程度と短く、夜目にも鮮やかな檸檬色の双眸をしている。その瞳は焚き火の光を受けて黄金色に輝いているが、目立つ異国の顔立ちのほかは普通の娘に見える。 「……お前も、姿が変わったのか?」 「いや、私は特には」 どこか表情の読めない顔で、娘は首を傾げた。 娘が身につけている衣服や靴も、使いにくそうではない。見る限り、年齢や性別が変わっていることは無さそうである。 「……ただ、私のいた世界がここじゃないことは、確かですけど」 「お前たちは知り合いなのか?」 男がそう尋ねたのは、出会った当初の奇妙な会話からだ。どんな関係なのかは予想もつかないが、無関係ではないはずだ。 娘は少女の顔を見て、それから少しだけ困ったように眉をひそめた。 「最初はそうかと思ったんですけど……どうも印象が違うんですよね」 「と言うと?」 「外見だけじゃなくて性格も口調も、私の友人とは微妙に違うんです。別人というには似すぎてますけど……」 そう言って、娘は首を傾げる。 まじまじと少女を眺めていた娘を、少女もまた見返してくる。翠と琥珀の視線が混じりあい、そしてどちらともなくふっと微笑んだ。 「まぁ、世の中にはそっくりさんが三人いるって言いますしね」 「……そうか?」 「そういうものだよ」 男が訳のわからぬ顔をしている中、少女と娘はしたり顔で頷いた。 そしてふと、娘は顔を上げてこう言った。 「そうだ、君を何て呼べばいい?」 「リィ。リィって呼んでよ」 「……リィ?」 「うん。友達はみんなそう呼んでる」 けろりとした顔で言ったが、男は簡単に信じなかった。 先ほどまでの会話でも、この少女が農家や町の子供でないことは知れている。 「しかし、それだけではあるまい」 「長い名前はね、グリンディエタ・ラーデン。……それで君は?」 訝しむ光が浮かんでいる少女の目に、娘は少しだけ肩をすくめてみせた。 「私は・」 「? ? 変わった名前だな」 「よく言われます」 慣れた様子では頷いた。実際そう言われるのも慣れている。 黒髪金目という珍しい容姿のは、東洋系の人種が全体の90%を超えていた惑星出身だ。周囲も似たような容姿に名前だったから、ティラ・ボーンにやって来た時は、人種の広さにカルチャーショックすら受けたものだ。 西洋圏の人には時々とんでもない発音をされるが、二人に関しては大丈夫そうだ。 「で、君は?」 「ウォル・グリーク・ロウ・デルフィン」 「うわ、長い」 「どれで呼べばいい?」 なるほど。彼らが違世界の住人というのも、嘘ではないようだ。 自分の名前を耳にして、呆れるほど無反応な子供たちに、ウォルは内心苦笑を洩らした。 「ウォルでいい」 昔は、皆がそう呼んでいたことを思い出した。 その後も焚き火を囲みながら、様々な話をした。 この大陸の名前から、パラストやデルフィニアの情勢や、魔法の存在。 特に後者に関しては珍しくリィが食いついてきたが、ウォルの言葉はどれも否定的なものだった。しかし、それが普通なのだ。 逆に驚くほど無反応だったにウォルは話を振ってみた。 「、お前の世界に魔法はあったのか?」 「……あー、一般的には無いってことになってます」 その答えに、リィとウォルは顔を見合わせた。 今の彼女の言葉には、どう考えても裏が含まれている。 「は魔法が使えるの?」 「いや、私はごく普通の人間。ただの医者見習いです。魔法なんて欠片も使えません」 「なんだ、は医者なのか」 予想外の答えに、ウォルはついまじまじとを見てしまった。 彼の常識では、年老いた男が医者として名乗っていた。夫を亡くした未亡人が診療所を手伝うことはあるが、女性がその道に進むのはまずあり得ない。 「卵ですけど」 そう言って照れ笑いを浮かべたに、リィは内心首を傾げた。 最初は何事かと思ったが、話を交わせば交わすほど、悪い人間ではないことが分かる。だが、何の力ももたない人間にしては、この非常事態に彼女はあまりに慣れすぎている。 本人を目の前に悩むのは、性ではない。 てっとり早く、リィは直接聞きただすことにした。 「の世界は魔法使いがいるの?」 「いや、いないよ。そう名乗ってるのは詐欺師くらいかな。魔法もおとぎ話の一種だと思われてる」 「じゃあどうして魔法があるって知ってるの?」 はうーんと首を傾げ、しばらく真剣に唸り続けた後、こう言った。 「……成り行き?」 「……本当にぃ?」 心底疑った声を出してしまったリィに、非はないだろう。 おそらく魔法の成り立ちについては互いの世界にそれほど違いはないだろう。ならば尚更目の前の彼女が、魔法を『信じている』のではなく『存在している』と知っていることが理解できない。 「は魔法が使えないんだろ?」 「うん。100%天然もののただの人間です」 「それなどうして『魔法』があるって知ってるのさ?」 「いや、自分で言っておいて怪しいとは思うけど。友達がちょっとうっかり魔法が使えるって知ってるだけで」 「本当? そこら辺に魔法使いがいるはずないよ」 「あからさまに怪しまないでよ。大体、最初に声かけてきたのは向こうの方だったんだから」 「何て言ったの?」 「えっと、――『初めまして。俺と友達になろうよ』」 まるで喜劇のようにぽんぽんと話を交わす二人に、ウォルは荷物の中から毛布を取り出した。 何が何だかまったく分からないが、とりあえず話がこれ以上進みそうもないことだけは感じ取った。 「何かは知らんが、明日も早い。寝た方がいいぞ」 「そうしなよ」 「はーい、おやすみなさい」 何とも勢いのある返事である。 あっさり毛布に丸まって地面に転がったに、くすっと二人は微笑んだ。 「……変な子」 「お前だけには言われたくないだろうよ」 そしてが完全に寝入ったあとも、焚き火の火が途絶えることは無かった。 ヒロインは医者志望です。 BACK TOP NEXT |