それは奇妙な一行だった。 一人は粗末な戦士の衣服ながらも、年若い、堂々たる体躯の偉丈夫。 一人はその戦士の胸にやっと届く、幼い少女。 最後の一人は、戦士と少女のちょうど間ほどの歳の、異国の顔立ちの娘。 少女は通りすがる者全てが振り返る、輝かんばかりの美貌の持ち主だった。目立つ金髪を布で包んではいたが、左程役に立っているとも思えない。 対して娘の方は、黒髪と鮮やかな琥珀色の瞳、変わった色の肌という組み合わせの上、何ともあっさりした目鼻立ちをしていた。一見では年も分かりにくい、つい目を引いてしまう容貌だ。 家族連れにしては年齢がおかしいし、血の繋がりというのも無理がある。 間違いなく、異色の組み合わせだと断言できるだろう。 「ところで、」 「はい?」 じっと話を聞いていたに、それまで世界の常識を教えていたウォルは声をかけた。 大陸のことや現在の情勢、身分制度に至るまで。もし誰かが聞いていたなら目を剥きかねない内容だったものの、この世界の知識が何一つないリィとには今一番必要なことでもある。 子供とは思えない厳しい質問をしてくるリィや、かなり聞き上手であるに挟まれて、ついウォルもぼろぼろと要らないことを洩らしてしまったが、ご愛嬌だ。 「何か、武術を学んだことはあるか?」 追っ手を差し向けられている彼らには、頼れるものは多いほど良い。そう考えて尋ねてみたウォルに、はやんわりと笑みを浮かべた。 そして胸を張って、堂々と言い放つ。 「まったくありません!」 無駄なほどきっぱり断言したに、期待していなかったウォルも肩の力が抜けるのを感じた。 それは隣のリィも同様である。呆れたようにため息を零し、の顔を見上げながら肩をすくめた。 「……普通さ、もうちょっと謙遜するんじゃないの?」 「事実は正確に伝えるべきかと思って」 「でも、何か隠し持ってるだろ」 「あ、よく分かったね」 「左腕をいつも楽にしてるし、腰をかばうように動いてるから」 リィの言葉に、ウォルの視線もそちらに向かう。 そんな目聡い少女に苦笑しながら、は背中の隠しポケットからロッドを取り出した。 見た目はただの筒だが、子供向けの練習用ではない、当たれば痛い鉄製だ。ボタン一つ押すだけで瞬時に人の背丈ほども伸びる、中々優れものなのだ。 「これはまた、物騒だな。杖術が使えるのか」 「使えませんって」 ロッドを元通り仕舞いながら、は苦笑した。 「以前ちょっと巻き込まれて、監禁されたことがあって」 「……なに?」 「幸い五体満足で解放されたんですけど、友達がすごく心配性になっちゃって。それ以来、こうやって用心してるんです」 事もなげに言うに、ウォルとリィは少しだけ見る目を変えた。 普通だ普通だと自称する割には、まったくの平凡な娘ではないらしい。 「友達にも何度か指導してもらったけど、見事に上達しなくって。お前には才能がないって太鼓判まで押されるし。……でも手元に武器さえあれば、不意打ちで後頭部殴打くらいできますよね!」 「「……」」 にっこり笑ったを頼もしく思いつつも。 ウォルとリィは何となく得体の知れないものを感じて、思わずから一歩距離を取った。 そうして、旅を続けて何日か過ぎた頃。 ある晩、彼らは土砂降りの雨に見舞われた。 「仕方が無い、ここに入るぞ。」 ウォルが示したのは、立派な石造りの二階建ての建物である。それまで野宿が常だったリィとは、つい顔を見合わせてしまった。 「ここに入るの? お金かかりそうだけど……」 「それくらい持ち合わせはある。このままではデルフィニアに入る前に風邪に殺されるぞ」 ウォルの言うとおり、宿までたどり着くまでに三人は全身ずぶ濡れになっていた。 上から下まで水浸しになって飛び込んだ少女二人と男の組み合わせを、誰も連れとは思わなかったらしい。 同じく雨に降られ、暖炉の傍で衣服を乾かしていた男たちは、女物を着ていないリィやを少年だと勘違いしたらしい。快く暖炉の傍に手招きしてくれた。 「ぼうやたち。そのままでは風邪引くよ」 「ありがとうございます」 は素直に礼を言って、リィと共に暖炉のそばに寄った。 けれどさっさと剣をはずし、胴着や頭の布を脱ぎ捨てて身軽になっていくリィに、男たちの無遠慮な視線が飛び込んでくる。 「驚いた。嬢ちゃんかね?」 「今はね」 そんな会話をしていた少女たちに、酒場の隅で呑んでいたらしい中年の男が、ふらりと暖炉へ近寄っていった。 案の定、最もお近づきになりたくない部類の男らしい。よっぽど飲んだのか達磨のような赤ら顔で、なめらかな少女の肌を見て、口元がだらしなく緩んでしまっている。 「お前、旅芸人の一座からはぐれでもしたのか? それとも逃げ出したか? 体を売るのが商売なら高く買ってやるぜ」 酒臭い息を吐きながら肩を抱こうとしたが、その手をリィがぴしりと打つ。 「へっ……、気の強えガキだ」 明らかに男は、こちらの反応を面白がっている。 一気に立ち昇ったリィの不快を感じたのか、お得意の曖昧な笑みを浮かべながらは男の前に立った。 「まぁまぁ、酔っぱらいすぎだよ、おじさん」 「んだぁ、こっちの嬢ちゃんが相手してくれんのかい? かわいがってやるから――」 男の下卑た笑いと、リィの動きは同時だった。 の横を風のようにすり抜けて、鼻筋に鉄のような拳をお見舞いさせたリィは、ふっ飛んだ男にトドメとばかりに鳩尾に蹴りを入れた。 二秒もかからずの撃退である。余りの早業に、止めることもできなかった。 「……やっちゃった……」 静まり返った宿屋にの呟きが響く。 大の字になって気絶している男の仲間たちの視線が、こちらに飛んでくる。は慌てて頭を下げつつリィの手を引くと、ウォルの傍まで避難した。 「……リィ、あーゆーのは口先だけで適当に追っ払えばいいんだから、実力行使に出ない」 「口で言って解るもんか」 「酔っ払いを諭してどうするの。適当なこと言って追っ払えばいいんだよ」 妙に場慣れした台詞である。 リィが脱ぎ捨てた胴着や布を拾ってはぷりぷりと文句を言うに、ウォルは目から鱗が落ちる思いで二人の娘を眺めていた。 何しろ、初めて二人が年相応の関係に見えたのだから。 「だって盛った男は嫌いなんだ」 「人前でひょいひょい脱いだら、誘ってるようなものだよ?」 「……気をつける」 言下に自業自得だと仄めかすに、ぷいっとリィはそっぽを向いた。 そんなリィの服を暖炉の傍に干しながら、は内心苦笑していた。 こちらも変わらず、妙なところで潔癖だ。 力技が早かったのはの存在もあっただろうが、にしても以前より導火線が短くなっている。いや、前よりも言動が子供っぽいのだ。 (顔はいっしょなのに、雰囲気が違うんだ) 友達との違いを比較していたは、その間中じーっとリィの顔を見ていたらしく、結局自棄になったリィが謝るまでそれは続いていた。 その夜、ウォルとリィが二人してに寝台を勧めたものの。 それを嫌がったが無理矢理床の上に居座ってしまい、仕方なく眠ったころをこっそり寝台に運んだリィに、翌日文句が飛んだなど、一悶着あったことだけを記しておく。 ……一般市民になってるでしょうか。 飛ばされる前に色々騒動に巻き込まれたので、ヒロインは無駄に場慣れしています。 BACK TOP NEXT |