ビルグナ砦を出発して三日。
 国王とその友人たちは、物見湯山とすら思えそうな雰囲気でコーラルを目指していた。
 一見すれば黒髪の兄妹とその友達だが、長身の美丈夫の青年と異大陸の娘に血の繋がりがないことなど、一目瞭然だ。そして少女までも剣を佩いているとなれば、さらに訳が分からない。
 途中ポートナム地方のセリエ卿を訪れた一行は、通りすがった小さな集落で一晩過ごすことを決めたのだが、そこは異様な雰囲気を見せていた。

「……不幸でもあったのかな」
「しーっ」

 まだ薄明るいというのに、どの家も固く戸締りをし、ひっそりと静まりかえっている。
 三人は集落の中でも一番大きな家に近づいて、何度も根気強く戸を叩いていると、ようやく扉につけられている覗き窓が開かれた。

「……どちらさんで?」
「旅のものだが、泊まるところが見つからず、難儀しているのだ。一夜の宿を与えていただけないだろうか」

 にこやかに言いながら銀貨を渡す。
 けれど家の主人はこちらを警戒したまま、納屋でいいなら、とだけ言って覗き窓を閉める。
 家のすぐ傍にある納屋に向かいながら、リィは首を傾げた。

「そんなに危険人物に見えたのかな?」
「確かに怪しい一行だけど」
「さてな。セリエ卿が言っていた妙な者たちというのに関係あるかもしれん」

 納屋は広く、三人が充分横になるだけの余裕があった。
 埃の匂いのする土の寝床だが、それでも屋根と壁があるだけで随分違う。
 荷物を枕にして横になったは、感嘆ものの健脚である二人に付いていった疲れがどっと出たのか、すぐに寝息を立て始めた。









 そして日が昇って。
 明らかに一悶着起きた形跡のある集落で、何も知らずに眠っていたが一人拗ねていた。

「起こそうよ!」
「いや、よく眠っていたものだからな」
「起こすのも可哀相だったし」
「だからって、一声かけてくれるくらい!」
「でも疲れてるみたいだったから」
「起こすのは気の毒でな」

 先程から、この繰り返しだ。
 捕らえた山賊は、早朝役人に引き取られていった。
 まさか役人も目の前にいるのが逃亡中の君主だとは夢にも思わなかったらしく、ご苦労だったと二言三言残しただけだ。
 そして進路を大きく北に変え、ギルツィ山へと踏みこんでいった三人だが、まさかこの少人数で山賊退治しようとはさすがに考えていない。居場所を突き止めたら領主に通報し、後は任せようという寸法だ。
 だが自分たちを囮にするのだから、対策だけは取っていた。

「これで胸潰れた?」
「うん、それなら大丈夫」

 両手足に布を巻きつけながら、リィは頷いた。
 昨夜色々とあったのか、と僕は変装していくべきだと告げたリィに、ウォルもまた賛同した。ぎりぎり足手まといにならない娘を置いていくのは既に諦めた。
 農家からさらしを譲ってもらい、肋骨が悲鳴を上げるまでぐるぐる巻きにしたは、どこから見ても侍従の少年だ。哀しいことに。

「この発達途上の体が憎い……」
「どこもかしこも膨らみすぎるよりいいと思うよ」
「まだ若いのだ。気にするな」
「ううう……」

 慰めにしては微妙な言葉を受け取りながら、は黙々と荷造りを始めた。
 普通、旅人は夜明けと同時にギルツィ山のふもとを発つらしい。順当に行けば、日が暮れる頃には山の反対側、ロシェの街道へ下りられる。
 そこでわざと昼過ぎにふもとを発った三人は、のんびりした足どりで山越えをしていた。

「うまく襲いかかってくれるかな?」
「少しは金目の物を持っているように見えるといいのだがな」

 その言葉に二人ははた、とを見た。
 見るからに金目の物である、宝石付きのきんきらきんの女神像の存在を思い出したのだ。

「……、まだあれ持ってるの?」
「あるよ」

 けろりと頷いたは、背中の荷物をよいしょっと押し上げた。
 の荷は、ウォルやリィのものより二回りは大きい。
 元々いろいろと詰めこまれていたが、ビルグナ砦で補充したらしく、さらに増えている。それでも邪魔にならない程度で収めているのはさすがだが。

「これ純金らしいし、いざとなったら山賊の顔面に投げつけよっか?」
「うむ、それはあちらも驚くだろうなあ」
「こらこら二人とも」

 いつまでも緊張感のない二人は、最年少の少女にたしなめられた。
 そんなことを話している間にも太陽は傾いていき、辺りは早くも夕焼けに染まり始めている。
 結局日暮れになっても襲われることのなかった三人は、峠の茶店の軒先を借りて野宿することにした。無駄なほど焚火を起こし、エール酒と干し肉だけの食事を取っていると、獲物は釣れた。
 がさりと茂みをかきわけて現れた男は、表面だけはにこやかに三人の元へ近づいてきた。
 リィが仕草で喋るなとに告げる。

「寄せてもらってもよろしゅうござんすかね?」
「構わんよ」

 ウォルがあっさり言ったが、その男はそれ以上近寄ってこない。
 口調も、身なりも、あまりまっとうではない種類の人間だが、彼らには願ったり叶ったりだ。

「こんな時分に野宿とは、よほどお急ぎの旅なんですかい?」
「ああ。どうしても今夜中に越えてしまいたいのだが、どうにもならん。難儀をしているところだ」
「そりゃあお困りでやしょう。よろしかったらあっしがご案内いたしますぜ」
「この暗がりで道がわかるのか?」
「あっしは猟師をしておりますんで。この山は庭のようなもんでさ。どうぞ、ついていらっしゃい」

 さっそく背を向けた怪しい男に、三人とも逆らわずに従った。
 物慣れた様子で案内していく男は、明らかにふもとへ向かっていない、人一人がやっと通り抜けられるほどの細い小道を歩いていく。
 こっそりロッドを服の袖に隠し持ったは、不意に正面に明かりを見た。
 ぽっかりと開けた空き地に蝋燭の光が煌々と輝き、まるで真昼のように明るくなっている。木蔭に隠れていたらしい男たちが、一斉に走り出てきて三人を取り囲んだ。

「親分、お客人ですぜ!」
「おう!」

 粗末な山小屋から、ぞろぞろと人影が現れる。
 その中央に立つのは、見るからに山賊の親分という風袋をした、でっぷりと太った身体の持ち主だった。

「ようこそいらした。お客人」

 割れ鐘のような声でそんなことを言ってきた。
 ウォルはそれに構わず、興味深そうに周囲を見回して言った。

「ずいぶん妙なふもとだな」
「もちろんふもとへはちゃんとお連れしますさ。しかし、その前に出すもの出していただかないとなりませんぜ」
「出すもの、とは?」

 山小屋から現れた男が吼えた。

「この山は俺たち義賊の縄張りじゃ。そこを無断で通り抜けようとは許せん所業。よって通行料をいただく」
「金高は?」
「あり金のこらずじゃ」

 それはまた、随分とぼったくりだ。
 見事なほど山賊のセオリーを踏んでいる男たちに、はつい感心してしまう。
 ウォルは言われた通りに所持金を取り出そうとした。なにしろ圧倒的な戦力である。怪我をしないうちにこの場を引き上げようとしたのだが、そんな彼らの後ろで、山賊の一人が不意に疑わしげな声を上げたのだ。

「おい、こいつ、もしかして、娘っこか?」
「なに!?」
「おいっ、こっちもじゃねえか!?」

 男たちが眼の色を変えた。
 あっという間に山賊どもの視線は、男から二人の娘たちに移ったのである。
 白いきれで頭を包んでいたリィと、簡素な男物を着ているを、山賊どもは少年とばかり思っていたらしい。

「娘か、ほんとか」

 リィは舌打ちを洩らしていたが、よくよく見れば一目瞭然だ。
 幼いながらも匂うような美しさをもつ少女と、男にはないきめ細かな肌をもつ娘だ。いくら隠しても簡単にばれてしまう。

「これはいい! われの通行料はあり金全部とこの娘たちじゃ。気前よく払え!」

 首領は狂喜して叫びながら、二人の手を掴んでぐいと引き寄せた。
 大男の首領は舌なめずりせんばかりだ。小さな肩を抱き、腰に手を回し、髭面の顔をなめらかな白い顔に寄せ、嘗めんばかりにして囁いた。

「おうおう、二人ともかわいいのう。いくつだ。十二か、三か? 未通女だろうな? こっちはちと早いが、なあに、こうしたことに歳なんぞ関係ないわ。わしが一からじっくりと教えて一人前の女にしてやるからな。すぐに楽しくて楽しくてたまらなくなるようにしてやるぞ」

 聞いていたウォルは肝を冷やした。
 は嫌そうに眉をしかめているが、本当に怖いのはリィの方だ。
 自分は黙って撫で回されるままにしているが、の体の上を首領の手がうごめくたび、その眼は強烈な殺気に煌めき、その手が不気味に動いた。

「わっ!」

 あとは邪魔な男を片づけるだけ、というところで、突然首領の大きな体が前のめりに倒れた。
 何かに足をすくわれたのだが、近くには今夜たっぷりかわいがってやる予定の娘二人がいるだけだった。
 つんのめった男を、緑色に燃える、極めつきに冷酷な炎が見下ろしている。


「おい。どうしてくれる?」


 低い声だった。
 嫌悪に歪んだ苦々しい顔で、少女が自分の腕をさすっている。

「俺とにべたべた汚い手で触りやがって、体中に鳥肌がたったぞ。おまけに当分消えてくれそうにない。いったい、どうしてくれる?」

 あっけに取られた山賊どもの隙を、ウォルは見逃さなかった。
 腰の大剣を抜き放つなり、左右の二人を切り払い、囲みを抜けていたのである。

「こ、こいつ!」

 男を押さえようとした一人に、今度はリィが襲いかかった。
 怒りと不快感に火をつけられた少女の剣先は情け容赦なく、さらに二人を斬って捨てる。そしての腕をとったまま広場を突っ切り、茂みの中に飛び込んだ。
 それにわずかに遅れて男が続いた。

「逃がすな! 追え!」
「男は生かして返すな! 娘たちは殺すなよ! 傷も負わせるな!」

 盛大なかけ声は、最初だけだった。
 山賊たちが散らばっていった森中から、あちこちで悲鳴が上がり出したのだ。
 どうやらリィがを連れながら縦横無尽に動きまわり、右手の剣にものを言わせているらしい。山賊どもにしてみれば、闇夜で猛獣を相手にするようなものだ。というお荷物があるにも関わらず、それは一向に変わらない。
 しかし、この土俵はウォルには少々不利だった。
 孤軍奮闘する男に山賊たちは次から次へと襲いかかり、巧みに仕掛けて動かざるを得ないように仕向け、先程の広場まで押し戻したのである。

「動くな!」

 弓矢が三つ、ウォルをぴたりと狙っている。
 髭面の首領は剣を奪い取ると、その切っ先を男の首筋に向けた。

「おう! 娘! 聞いてるか! 十数えるうちに出てこんと、おまえたちの男の首をちょん切ってくれるぞ!」

 割れ鐘のような声で、ひとおつ、ふたあつ、と死刑執行までの時間を計る。
 その声が七までを数えた時、小さな影が二つ、広場の縁に現れた。
 リィは右手に血糊で染まった剣を、は長く伸ばしたロッドを持っている。どちらも苦々しい、困った顔だった。

「得物を捨てろ!」

 首領が吼える。
 リィは地面にぐさりと剣を突きたて、は鉄棒を投げ捨てた。

「ようし、いいか。ゆっくりこっちへ来るんだ」

 昂奮しながらも慎重に首領が言う。
 二人は言われた通り、ゆっくりと歩いてきた。

「と、止まれ!」

 動きを封じられた男と、その男に刃を突きつけている山賊の首領と、丸腰の少女たちは、手の届かないぎりぎりの距離をとって相対した。
 ごくりと生唾を呑み込んだ。

「いいか、この男を殺されたくなければ、いうことを聞くんじゃ」

 リィの言葉を借りれば、欲情しているとしか言いようのない口調だった。
 この期に及んでよくそんな気になれるものだが、つまりはそのくらい少女の外見は細く頼りなく、ついでに女に不自由しているということだ。
 喉に絡んだような声で首領は言った。

「ぬ、脱げ。まずは黒髪の方じゃ」

 一拍して、は息を飲んだ。
 考えれば当然だろう。初潮すらまだのような少女と、明らかに年頃の娘。美貌はどうあがいても敵わないが、脱がせて楽しいのは娘の方だ。

「……

 押し殺したリィの声が、自分が変わると告げている。

「大、丈夫」

 しかしはひとつ首を横に振ると、背負っていた荷を下ろし、長袖の上着をいっそあっさりと脱ぎ捨てた。ついで肌着も脱いだ姿に、山賊どもがごくりと息を飲む。
 体にはぎっちりとさらしが巻いてあったが、その胸の膨らみは隠しようもない。
 人種的に骨が薄いせいで、今にも折れそうな柳腰。特に首筋から二の腕にかけての肌は、蝋燭の灯火でもわかるほど瑞々しくきめ細かい。
 東洋人独特の美しくしっとりとした肌に、よだれを垂らさんばかりである。

「ほおお……」
「こりゃまぁ……」

 一方ウォルは、気が気でない。
 ちらりと目をやってみれば、を見つめている少女の唇がぎりりと噛みしめられ、翠の双眸が壮絶な殺意を放っている。視線で人を傷つけられるなら、リィのそれは確実にこの場の全員を射殺すだろう。
 しかし、がさらしの結び目をほどこうとした時、新たな騒ぎが怒ったのである。

「親分! い、一大事でさあ!」

 慌てふためいた声をあげながら、ほうほうの体で姿を見せた。
 ふもとへ下りていた仲間の一人だろうが、よほど急いで駆け上がって来たらしく、大きく息を切らしている。

「何ごとだ!」
「他の連中はどうしたんだ!?」
「他はみんなやられちまった。残ったのは俺一人だ」

 どよめきが起きた。
 当然色事どころではなくなった首領たちは、突きつけていた刃はゆるみ、意識も三人から離れている。
 リィがちらりと目くばせを送るのと、ウォルがぱっと体を返すのとが同時だった。

「あっ!」

 山賊どもが慌てて構え直したが、遅い。
 ウォルは素早く首領の刃から逃れ、目当ての山賊に当て身を入れて、自分の剣を取り戻した。
 同じく、リィも手近の一人に飛びかかる。
 一撃で大の男を殴り倒し、その手から剣を奪い取る。ウォルに斬りつけようとしていた首領目がけて、すごい勢いで投げつけた。

「うわっ!!」

 間一髪のところで首領は身をかわしたものの、その隙にウォルは首領の手から逃れ、包囲を抜けている。

「野郎!」
「逃がすか!」

 山賊どもが性懲りもなく三人を追おうとしたが、その時だ。
 突然、暗闇から奔ってきた矢が二本、山賊の急所を貫いたのだ。
 これには追われる方も驚いたが、素早く茂みに身をひそめて成り行きを窺った。

「何ごとだ!」
「どこから射込んできやがった!」

 辺りはかわらず静まり返ったままだ。
 山賊どもも手に手に武器を構え、油断なく身構えた。
 そしてそれに応えるように、ふもとに面した広場の端から、棍棒を持った男がゆっくりと現れた。さらに弓を持ったものが二人、山刀や短刀を持ったものが四人。
 全部で七人が次々と姿を見せたのである。

「何だ、てめえらは!」
「それはこちらの言うことだ。――同じ稼業の礼儀として先に名乗ってもらおうか。貴様らの首領の名と後ろ盾は?」

 突然始まった名乗りに、茂みの中で三人は顔を見合わせる。

「何? 縄張り争い?」
「にしては様子が変だが……」

 とりあえず、命が助かったことに変わりない。血糊と泥で汚れてしまった刃を拭きとり、いつでも飛びかかれるように準備を済ませる。
 しかし話を聞いているうち、その内容にさすがに驚いていた。
 どうやら、本物のタウの山賊が、自分たちの名を騙るものを成敗に来たらしい。

「えらくまた義理堅い山賊さんだな」
「こっちの方がよっぽど義賊らしいよね」

 いつもの調子を取り戻してきた娘たちだが、ウォルは乗ってこない。
 驚いたような顔をして、広場の方を食い入るように見つめている。
 やがて森陰から一歩進み出てきた男の横顔が、三人のいるところから見えた。
 他の男たちより遥かに若い、二十代前半に見える男の姿に、ウォルはやにわに立ち上がると、驚愕の面持ちで叫んだ。



「イヴン!!」



 大音響の呼びかけだった。
 いきなり名を呼ばれてぎょっとしたのが、男当人である。思わず振り向き、茂みの中から現れた男の姿を認めて、こちらも驚愕の表情を顔一面に浮かべた。

「ウォル!? おまえ……」

 よほど信じられない再会だったらしい。とっさに言葉が出てこない。
 その隙にギルツィ山の山賊どもが、タウの山賊たちに破れかぶれになって襲いかかった。

「うわあああ!」
「ちいっ!」

 イヴンと呼ばれた男は、すかさず剣を引き抜いた。
 すぐさま味方をしようとするウォルに続いて、リィも茂みから飛び出した。矢を番えようとした山賊に襲いかかり、大剣を一閃させればその分だけ山賊が倒れている。
 が出遅れた間に、戦いですらない一方的な退治は終ってしまった。

「……全員すごい」

 次々とギルツィ山の山賊が縛り上げられていく中、血をつけもしなかった剣を鞘に収めて、イヴンは突然の味方を振り返った。
 ウォルも黙って相手を見つめていた。
 手を伸ばせば届く距離にいるのに、それが互いに信じられないとでもいうように、言葉もなく相手の顔に見入っている。
 周囲も、どういうことかと成りゆきを窺っていると、イヴンが満面に悪戯っぽい笑みを浮かべ、高らかに言ってのけたのだ。

「いよう、国王陛下!!」
「夢ではないかと思ったぞ! イヴン!」

 ウォルもまた心から楽しそうな笑い声を上げる。
 二人は固く抱きあった。

「よくまあ……よくまあ、生きてたじゃねえか! てっきり狼に食われちまったかと思ってたぞ!」
「おまえのほうこそ! 五年も音沙汰なしかと思えば山賊稼業とはな!」

 黒衣の山賊は相手の肩といわず背中といわずに力一杯叩きつけ、ウォルは相手の短い金髪をくしゃくしゃにかきまわしている。二人とも顔中に泣き笑いの表情を浮かべていた。

「これはいったいどうしたことだ?」
「ああ、聞いての通りさ。タウのな、村の一つに食客として厄介になってたんだよ。そうしたら、どこかのふざけた連中がよりにもよってタウの自由民の名前を騙ったっていうんで、頭目に頼まれてここまで来たのさ」
「頭目とは、タウの山賊の頭のことか?」
「いや、まあ……」

 イヴンは苦笑している。
 よりにもよって、国王に山賊の構成を説明するはめになるとは思わなかったのだろう。
 それはおいおい説明するとして、イヴンは幼馴染の胸を叩きながら、茶化すように言ってみせた。

「それで? コーラル奪回に向かうはずの王様が、こんなところで一人ぽっちで何をしてる?」
「いや、一人ではない」

 そこでようやく連れの存在を思い出し、ウォルは周りを見回した。
 一人は簡単に見つかった。話の流れに付いていけず、広場の隅で立ち尽くしているに、こちらに来いと手招きをする。
 そしてもう一人を探して、広場を見回したウォルの眼が、ある場所で止まった。

「……うむ?」

 数珠繋ぎになって縛られているギルツィ山の山賊に、軽い足どりで近づいていく少女の姿。その手には既に大剣はなく、腰の鞘に仕舞われている。つまり手ぶらのままだ。
 何をするのか、と周囲の目が少女に向いた。
 そんな中、少女は捕らえられた山賊の中央、首領のガレフを見下ろした。

「なんじゃい、娘」

 その言葉に、世にも愛らしく微笑んでみせたリィは、




 ズドゴッ!!




 首領の股間を蹴り上げた。
 一片の容赦もなく、人体の急所を狙った正確な、そして無慈悲な蹴り。
 夜半の森林に響いた、何かが潰れた音とともに、首領は白目を剥いて伏した。あまりの激痛に気絶もままならない。
 突然の少女の攻撃に、一瞬誰もがその身を縮こませ、目を逸らし、同じ男として同情してしまう。唯一その痛みが理解できないは、檸檬色の目を見張って声を洩らした。

「…………い、ったそー……」

 痛いなんてものじゃない。
 体外にある内臓を潰されたのだ。呼吸が止まり、天地が逆転し、いっそ一息に殺してくれと言わんばかりの激痛を味わっているだろう。
 不幸にも一部始終を目撃してしまったウォルとイヴンは、息を飲んで互いの体を強張らせた。

「……ありゃ子種が潰れたな」
「……気の毒な……」

 他ならぬリィの蹴りだ。
 あれが自分だったなら、と思うと笑い事ではない。
 いまだ悶絶する首領を冷たく見下ろしている、爛々と燃える翠の双眸に、ウォルはようやく少女の思惑に気づいた。
 よほど、が辱められたことに立腹したらしい。
 半裸になった代償が子種の断絶とは、何とも気の毒だが、何ともリィらしい。自分のことは適当なくせ、こういったことには過剰に反応するのだ。
 凍りついた空気の中、リィはくるりと踵を返した。





 既に首領を一顧だにもせず、その眼差しはたった一人を貫いている。

「は、はい?」
「ビルグナ砦でぼくに言ったこと、覚えてるよね?」
「え? ……あ、はい! ごめん!」

 何の含みもなさそうなリィの笑顔に、やがても思い当たる。
 上半身さらしのみという、霰もない格好のままだったは、リィの睨みを受けながらも慌てて服を拾いにかかった。





 ヒロインが脱ぐ描写を書いているうち、変態になった気分でした。


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