その夜、ギルツィの山賊の根城だった広場では、一晩中、山賊たちと国王との世間話が行われた。 数年ぶりの再会を喜んだイヴンはこだわりなく、自分たちの宴席に幼なじみを招待したわけだが、タウの男たちは言葉少なく名乗った後は何やら気まずそうにしていた。 しかし、国王のほうは至って気さくに、男たちの間に割って入ったのである。 「それにしてもタウの山賊とは大したものだな。こんな遠くまで自分たちの名を汚すものをわざわざ懲らしめに来るとは、中々できぬことだぞ」 「間違えるな、自由民だ。タウの男たちは自分たちのことを山賊だとは思っちゃいねえよ」 しかめ面でイヴンが訂正する。 他の一人、ヌイのフレッカと名乗った男が、小さく笑った。 「まあ、それじゃあ、まるっきりの猟師かと言われると、ちと困っちまいますがね。だが少なくともこいつらみたいな外道はやらねえ」 ツールのブランも力強く頷いた。 「おお。さっき、ふもとで話を聞いて、おりゃあ頭が煮えるかと思ったぞ。こんな狼藉のしたい放題を働いて、あげくタウの名前を出されたんじゃあ、俺たちの立つ瀬がねえ」 「確かにその通りだ。遠路はるばる出向いての此度の活躍、まことに立派なものだ。ぜひとも何らかの恩賞があってしかるべきだし、俺からも領主に話しておこう」 大きく頷いたウォルに、まわりの男たちが転びそうになる。 何かが間違っている台詞に、リィとは、飲んでいたものを吹き出しそうになった。 「……あれ、本気?」 「限りなく本気じゃないかな」 冗談ならもっとましな冗談にする。 しかし男の目は真剣な光をたたえていて、それが更に問題だった。 「私、偉い人にあんまり会ったことないけど、あれ普通なのかな……?」 「まさか」 「おりゃあ貴族の連中もずいぶん見てきたが、あんなくだけた王様は初めてだな」 ぐいっと杯を飲み干しながら、マイキーは呟いた。 その言葉に、あぁやっぱり変なんだ、とリィともしみじみ頷いてしまう。よく考えたら普通の人間としても珍しいのだ。さらに稀少な王様職なら、さらに珍妙だろう。 時折酒のつまみに手を出しながら、国王とその幼なじみの会話を聞いていたは、ふと思いついて席を立つと、山賊の小屋から荷物を取ってきた。 そして朗らかに飲んでいるイヴンに近寄った。 「イヴンさん、イヴンさん」 「イヴンでいいぜ。何か用――……」 振り向いたイヴンの目の前に、は黄金の女神像を差し出した。 焚火の光をうけてぎらぎらと輝く拳大のかたまりに、周囲のタウの自由民たちも、思わずぎょっとして娘の行動を見守ってしまう。 「これ使ってくれません?」 「……は?」 呆けた声を出したイヴンの手に、どんっとは女神像を乗せた。 「だからこれ、村の人の支払いに使ってくださいな。……いいよね、ウォル?」 「おお、いいと思うぞ」 あっさりとウォルも頷いた。 リィもさして頓着せず、ちらりと見ただけで手元に意識を戻す。 明らかにどうでもよさそうな二人の姿に、も安心して女神像を渡す。 しかし渡された当人には、大問題だった。 「……いや、ちょっと待て、嬢ちゃん。何でお前が、こんなもん持ってんだよ?」 「前にちょっと――」 火事場泥棒でゲットしました、とは言いにくい。 つい視線を逸らしながら、は適当に言葉をにごす。 「……拾いまして」 「拾ったあ!?」 明らかに嘘くさい。 いくら何でも無理がある、とウォルとリィは呟いた。 実家から持ち逃げしてきたなり、逃亡中の国王から褒美にもらったなり、色々あるだろうに。 変なところで嘘の下手なの前に、イヴンはどんっと女神像を乗せ返す。 「おいおい、これがどれだけ金になるか分かってるのか? 売りゃ一生働かずにすむ金が入るんだぞ? 普通こんなとこで馬鹿正直に出してないで、ちゃっちゃと持ち逃げしちまうもんだぜ?」 「実は考えないこともなかったんですが」 おい。 一瞬全員の心がひとつになった。 「ほら、私って深窓のご令嬢なものだから、足の付かなそうな質屋の場所も、換金所での対応の仕方も、なーんにも知らないもので」 「いけしゃあしゃあとよく言う」 「深窓のご令嬢は、んなこと考えねえよ」 家出した娘たちは金品を売るのが精一杯で、そこから目を付けられるなど考えもしないものだ。 どう見ても世間慣れしすぎた発言に、ウォルとイヴンが感想を洩らす。 まぁどうぞどうぞ、と女神像を押し返してきたに、とうとうイヴンも頭を抱えて唸り声を出さずにはいられなかった。 「……ウォル、さっき戦力って言ったがな、……まさかこの嬢ちゃんもか」 「まぁ、そうなるな」 ちょっと外見は珍しい、普通の小娘にしか見えないのだが。 最初はそう酷評をつけていたイヴンは、その考えを改めざるを得なかった。そんな男たちに、はぐぐっと笑顔で押し通す。 「はい、って言います」 「将来の夢は、歌って踊れるお医者さんです!」 リィは口に含んだ酒を吹き出し、ウォルはごとりと杯を取り落とし、イヴンは無言で固まった。見ればタウの自由民たちも、酒の手を止めて言葉に詰まっているようだ。 そんな周囲の反応に、は首を傾げてみせる。 「……あれ? 誰も笑ってくれない」 「笑えないよ!」 叫んだリィに、周りも大きく頷いた。 まさか本気じゃ、と一瞬思わせる迫力があったのだ。 そこでリィは、の足元に転がっている空の木椀や、ぷんと漂ってくる匂いに、嫌な予感を感じてしまう。 「……、もしかして、酔ってる?」 「あ、ばれたー?」 けらけらと笑うから、リィは即座に杯を取り上げた。 横のウォルもまた、水瓶を押し付ける。 どうやらタウの自由民が面白がって次々飲ませたようだが、平時ですらあの破壊力を誇るなのだ。酒の力を借りて何をしでかすか、予想もつかない。 「大丈夫だって。私、酒ぐせは悪くないから」 「じゃあ今は?」 「普段より陽気になって、支離滅裂なこと言って周りに絡みたがるだけ」 「「なお悪い!」」 怒られてしまった。 どうやらこちらの世界でも、飲酒には程遠くなりそうだ。 猫目の友人などは面白がって飲ませたがるのだが、他は真逆だ。特に銀髪の少年はが手を伸ばそうとするたび、目を吊り上げて怒るのだ。世知辛い世の中である。 「……もうちょっと、まともな知り合いできねえのかよ」 もっともだ。 しかし呟いたイヴンも、殿上人となった友人の気性が変わらずにあることを喜ばずにはいられない。内心上機嫌に酒を傾け、ウォルにも勧めながら苦笑して言った。 「……ウォリー、この嬢ちゃんたち、かなり変だろ」 「何だ、今頃気づいたか」 したり顔でウォルは頷いた。 「俺が変な国王なら、この娘たちもまた、変な娘としか言いようがないのでな」 「だからけっこう、気があってる」 リィもまた、すました顔で頷いた。 そしてさりげなく酒瓶に伸ばされたの手をぴしゃりと叩き、リィは杯になみなみと満たした強い酒を一息であおってみせた。 幕間。 けっこうどうでもいい話です。 Back Top Next |