ロアへ到着した国王一行は、熱狂的な歓迎を受けた。
 ドラ将軍とフェルナン伯爵は若い頃からの友達で、年に一度は必ず互いの屋敷を訪問しあう間柄だった。
 将軍家のものは主人から下働きに至るまで、フェルナン伯爵の息子に好意を持っていた。前国王の落とし胤とわかってからも、彼らがウォルに寄せてくれる好感情にはいささかも変わりなかった。


 夕刻が迫ると、外では二千五百の軍勢が一斉に炊き出しを始めた。
 けれど領主の屋敷では食事もそこそこに、王を囲んでの作戦会議を開くはめになった。
 ドラ将軍や副官のタルボ、娘のシャーミアン、さらにはラモナ騎士団長と副団長。ここまでは順当な顔ぶれだが、次からが問題だった。
 どう見ても足手まといの少女二人にタウの山賊と聞いて、周囲は一気に脱力したようである。
 只でさえ風変わりな国王に、これまた風変わりな人間が三人もだ。まともなはずがない。
 最終的に、敵の大将を片っぱしから口説き落としてしまえ、という消極的なのか積極的なのか微妙なリィの提案でひとまず会議は終了した。









 その翌日。
 戦に同行させる馬を選んでいた男たちは、今や血相を変えていた。
 ロアの主である黒主に少女が無謀にも挑んだ結果、森の中へと消えていってしまったのだ。
 力量も考えず命を落としたところで自業自得と将軍は考えていたが、相手はほんの少女である。しかも国王の気に入りとあっては放ってもおけない。
 すぐさま国王の居屋へと注進に走った男たちは、扉を開いた瞬間、我が目を疑った。


「“犬”」
「い……ぬ?」
「“猫”」
「ねー……こ……」
「“馬”」
「……うーまー」
「違うぞ。間の単語が抜けている」


 ウォルの指摘に、はがりがりと単語を書き直した。
 既に真っ黒に染まりだしている紙には、日常で使われる言葉が見事に並んでいる。
 まるで手習い所の師匠のような国王に、名高い武将であるはずのドラ将軍が凍りつく。タルボやシャーミアンも同様だ。
 そんな彼らに気づかないまま、びりっと本日何度目かの紙が破れた音に、とうとうが癇癪を起こした。

「……もうやだ! めんどくさいッ! 横文字なんて嫌い!」
「こらこら、、泣き言を言うな」

 ウォルは穏やかに嗜めたが、が嘆いているのは別の理由である。
 共通標準語と今は廃れた日本語を使いこなすは、言語の違いには慣れていた。
 しかし問題は、手書きなど幼少以来、ここ数年間は携帯端末での入力が日常だった現代っ子にとって、羽ペンと羊皮紙など未知の領域ということだ。
 ボールペンが恋しい……っと本気で泣きそうなに、肩をすくめながらウォルが慰める。

「今やっている文字はまだ簡単な方なのだぞ。貴族たちが好んで使う宮廷文字など、もう読みにくわ回りくどいわ、これと比較にならんほど面倒だからな。韻やら跳ね払いまで決まっていて、城に専任の官がいるほどだ」
「人件費の無駄ッ!」
「まぁ、確かにな。書類一枚つくるのに何枚も下書きするわ時間がかかるわで、あれは効率が悪くていかん。コーラルに戻った暁には、公式文書以外は取り止めてしまうか」
「……へ、陛下、何をなさって、おいでですか……」

 しみじみと頷く国王に、ようやく将軍が正気に返った。
 目の前の国王と黒髪の娘を凝視しながら、口元の髭を細かく震わせている。だがガレンスの体が震えているのはおそらく別の理由だ。


「いや、に書き取りの練習を手伝ってくれ、と言われてな」


 運のいいことに、平和な領地であるロアには怪我人が少なかった。
 実技を磨く代わりに医学書を借りることはできたが、当然さっぱり読むことができない。誰かに音読してもらうのも悪いし、腰を入れて文字を勉強するのも悪くない。
 そう考えたに、少し暇そうにしていたウォルの姿が目に入ったのだ。




「おっ……まえは、陛下をどなただと思っておる!!」




 国王じゃないのか、とか答えれば、確実に怒声が飛んでくる。
 この状況下では何を言っても怒られそうなので、は懸命にも無言を貫くことにした。
 怒髪天という言葉がぴったりのドラ将軍を前に、国王は笑って手を振った。

「まあ、そう怒らないでやってくれ。書き取りは俺も久々だったからな、いい気分転換になった」
「久々って、最近やったの?」
「うむ」

 国や地域によって多少の違いはあるものの、文字はほぼ同一だと教えられた。
 まさか成人してから文字を習ったのでもあるまいし、と不思議そうに尋ねたに、国王はどこか昔を懐かしむように眼を細めた。

「あれは国王になる前だな、礼儀作法や定例と同じく、宮廷文字という奴を文官に教えられてな」

 田舎のスーシャでは、宮廷文字など見たこともなかった。
 文法やつづりは一般のものと変わらないのだが、フェルナン伯爵の評すところ装飾過多の文字を見て、眼を剥いたのを覚えている。

「文字など相手に伝われば充分だろうに、文書はすべて宮廷文字に直していると聞いて脱力したぞ。そんな暇があるなら書類に目を通したいし、何より馬鹿馬鹿しくてな。さっぱり練習しなかった」
「あらら」
「あまりに俺がやる気のないものだから、『せめて戴冠式までに、御自分の署名だけでも習得なさってくださいませ』、と文官たちが懇願してきてな」
「……で、本当に名前だけ練習したんだ」
「当然だとも」

 知りたくなかった裏事情に、ドラ将軍を筆頭とする臣下が凍りつく。
 この人こそと心に定めた主君がオーリゴの御前で誓約し、王の証である冠と錫杖を懐いたあの瞬間を、思いきり踏みにじられた気がしたのだ。……しかも本人に。


「ところで将軍、何かあったのか?」


 何のために訪れたか本気で忘れた面々は、慌てて少女と黒主の話を説明した。
 しかし、忠実な臣下が青ざめて報告するのを聞いていた国王は、ただ軽く首を傾げてみせるだけだった。

「何もそこまで心配することはないと思うが」
「陛下はあの娘が死体で発見されることになっても構わないとおっしゃる?」

 将軍のその懸念は至極もっともと言うべきものである。一緒にいたロアの男たちは皆、あの少女は黒主に蹴り殺されるか、落馬して命を落とすか、どちらかに違いないと口々に国王に訴えた。

「子ども離れした見事な技でしたが、いかんせん相手は、決して人にはなつかない荒馬でございます。しかも今の黒主はまだ四歳。普通の馬でも血気盛んな年齢です」
「今のうちに人を出して探させるべきです。落馬しても軽傷で済む場合もありますし、仮に重傷を負ったとしても手当て次第でずいぶん助かるものですから」

 国王は苦笑半分、気の毒そうな表情半分、それぞれ浮かべて部下たちを見た。
 あくまでのんびりした口調である。

「夕方までには戻るとあの娘が言ったのなら、その通りになるだろうよ。何も心配することはない」
「冗談をおっしゃられては困ります」
「いいから言わせてくれ。あの娘は三度も俺の命を救ってくれた。どれも人間離れした技をもってだ。俺は間違いなく無事に戻ってくると思う。それに、ロアの黒主ならバルドウの娘の愛馬には似合いではないか」

 楽しそうに言う国王は、ドラ将軍に凄まじい目で睨まれて、首をすくめた。
 けれど何度進言しても捜索する必要はない、の一点張り、頑固そのものの主君の態度に、将軍はとうとう諦めたようにため息を吐いた。

「わかりました。そこまでおっしゃるならよろしい」

 将軍は実に苦々しい顔つきで一気に言った。



「もし陛下がおっしゃるように、あの娘が黒主を連れて戻ってきたならば、わしはこの髭を食してみせますぞ。無事に戻ってきたならば、あなた様の好きになさるがよろしい!」



 言いすてて、さっさと立ち去ってしまった。よほど腹に据えかねたらしい。
 国王が苦笑し、も軽く肩をすくめてみせる。
 けれどその場にいて一部始終を聞いていたシャーミアンは、心配そうな顔で国王に迫った。

「陛下、さしでがましいようですが……わたしも父の意見に賛成です。あの少女を見殺しになさるようなことは、どうか……」
「やれやれ。俺はすっかり悪者だな」

 ウォルは困ったように笑い、長年の友人を見やった。

「イヴン。おまえの意見は?」
「まあ、あの歳の子どもとは思えないほど、頑張ってたのは確かです。でもねえ……どうも嬢ちゃんのほうが分が悪いんじゃないでしょうか」
「となると、賭けにならんな」
「陛下!」

 シャーミアンが悲鳴のような声を上げる。
 いつも優しいはずの国王がどうして冷淡でいられるのか、理解しがたかった。
 それに誰より少女と親しかったまで、少女の危機に顔色ひとつ変えず、散歩に行ったような気軽さで文具を片づけている。
 シャーミアンはあまりの冷たさに、眩暈がした。

「それなら、わたし一人でも森へ探しに参ります」
「シャーミアンどの。頼むから落ちついてくれ。日暮れまでそう間もない」
「ですから、時を逸せば手遅れになります!」

 どうも国王に対する風当たりはかなりきついようである。
 ガレンスやが側にいるものの、こんな時に気のきいたことを言える男ではないし、は黒主をその眼で見ていないから慰めようがない。
 そこへ救いの主がにこにこ笑いながら部屋に入ってきた。
 ナシアスである。

「陛下、あの娘がロアの黒主と取っ組みあったそうではありませんか」
「おお、そうなのだ。絡みあったまま森へ消えたそうだぞ。屋敷の者たちがリィの身をたいへんに案じてな。捜索隊を出すというのを、やっとのことで思いとどまらせた」
「それはお疲れさまでございました」

 ウォルにとっては苦労話でも、ナシアスにとっては笑い話である。

「黒主との一戦、陛下はどちらが勝つと思われます?」
「もちろんリィのほうに軍配が上がるだろうよ」
「いや、それはわかりません。相手が四つ足となれば、あの娘でも手こずるのではないでしょうか。わたしは黒主に利があると思いますよ」
「おもしろい。では賭けるか」
「よろしいですとも」

 すっかり意気投合して盛り上がったところに、シャーミアンの雷が落ちた。


「ナシアスさままで! 馬鹿なことを!」


 こちらも腹を立てたらしい。くるりと背を向けて退出していった。
 親子揃ってみごとにそっくりな雷に、残されてしまった一同は声を殺して笑いあう。

「さて、はどちらが勝つと思う?」
「そう言われても、相手は馬なんでしょ? リィが負けるの想像できないし」
「おや、陛下と同意見なのか」

 リィの帰還を疑いもしていない口調に、ナシアスが水色の瞳を見開いた。
 早まったか、と考えたらしい。
 これは夕刻が楽しみだとほくそ笑んでいる国王に、黒髪の娘は楽しそうにその顔を見上げて言った。

「ウォル、また賭ける?」
「お断りだ。お前とリィ絡みで賭けるほど、俺は無謀になれん」
「……ちぇっ」

 つまんない、と小さく舌打ちしてみせたに、ナシアスもガレンスも笑うだけで賭けに乗ろうとしない。国王の言葉が正しいことが見て取れたからだ。
 そこへ、いかにも面白そうだ、という内心を隠しもせずにイヴンが近づいてきた。

「なら嬢ちゃん、俺と賭けるかい?」
「イヴンは黒主が勝つほう?」
「ああ。なんなら金貨を賭けてもいいぜ。どうする?」

 山賊の青い目には、良いカモを見つけた、とありありと書いてある。
 しかしこういった賭け事に関しては、一歩も二歩もが上手だった。いかにも邪気のなさそうな顔でにっこり笑ってみせる。

「お金より他のものがいいな」
「へえ、何だい?」
「うーん、……半刻でいいから手伝ってもらっていい? 寝っ転がってるだけでいいから

 ウォルとナシアスが大きくむせた。
 それはまずい。かなりまずい気がする。
 見た目こそ毒気のなさそうなの笑顔は、その内実を知っている男たちには、住処まで子兎をおびき寄せて舌なめずりする獅子に見えた。
 しかし彼らの心情を知らないイヴンは、いともあっさり頷いた。

「何だ、そんなことでいいのかい? 構わないぜ」
「じゃ、成立ね」

 待てイヴン、思い直すべきだ。
 思わず口を開きかけた男たちに、ちらりとの琥珀色の視線が飛ぶ。
 ――同じ目に会いたいか。
 そう問いかけられた気がして、一瞬身動きを止めたウォルやナシアスは、結局最後まで本当のことを言えないままになってしまった。









 ドラ将軍は祈りの言葉のような、うめき声を洩らした。
 その後ろでは、急いで駆けつけて来たらしいシャーミアンが小さな悲鳴を上げている。
 同じく屋敷を飛び出したナシアスとガレンスは感嘆の声を洩らし、イヴンは碧い眼を真ん丸にし、国王はにんまりと笑ってみせた。

「これは……夢か?」

 誰かがこぼした呟きに、まさに同じことをドラ将軍もタルボもシャーミアンも考えた。彼らにとっては決してあり得ないことが、現実に目の前で起きているのだ。
 しかし緊張も驚愕もまるでおかまいなしで、リィは黒主の背からひらりと飛び下りる。
 目立った怪我もない少女に、は悪戯っぽくその目を細めて言った。

「おかえり」
「ただいま」

 笑顔で返したリィの額には、流れ切らなかった汗が光る。
 人も馬も汗まみれだった。
 出迎えた人たちが生きたまま銅像のようになっているのを横目に、リィはていねいに黒馬の汗を拭いてやり、終わった印に尻を叩いてやった。
 そうして黒馬を草原へ送り出してやると、リィはやっと自分に気持ちが向いたらしい。
 真剣な顔で国王を見上げて尋ねた。

「ものすごくおなかすいてるんだけど、何か食べるものあるかな」
「おまえのためならロア中のご馳走を並べてやるとも」

 ウォルは満面の笑顔で請け合い、黒主が走り去っていった方向を見て問いかけた。

「一日でずいぶん親しくなったらしいな」
「おかげさまでね。鞍があるといいんだけど、一つ用意できる?」
「……鞍、だと……?」
「そうだよ。ふつう、鞍っていうのは馬の背中に乗っけて使うんじゃないの? あのままじゃ両手が使えないんだよ」

 衝撃に衝撃を重ねた彼らの、これが限界だった。
 この言葉を聞きとった兵士たちもタルボもドラ将軍も眼を剥き出して、一斉に叫んだ。

「黒主に鞍を置くだって!!」

 まさしく絶叫である。
 どよめきは大波のように伝わっていき、とうとうたまりかねた国王が高らかに笑い出した。










 飢え死にしかかった浮浪児のように食べ物を摂っている、金髪の少女。
 まだまだ幼い美貌の持ち主を、朝までとは全く違った視線でドラ将軍とタルボが言葉もなく見つめている。
 横ではシャーミアンが給仕に当たり、は今にも無くなりそうな料理を供給に出て行った。そして国王はリィと向かい合う形で腰を下ろし、頬杖をついて、くつくつ笑っていた。

「まったく、おまえという娘は……おかげで賭けは俺の勝ちだぞ」
「また? 何賭けたの?」

 食べ物をほおばりながら問い返す。

「ナシアスからは金貨一枚をせしめたぞ。それにドラ将軍は、そのお髭をむしり取って食してみせると言われたが……」
「むろん、陛下、そうせよとおっしゃるなら……」
「冗談だ」

 国王はどうにも笑いが止まらないらしい。忍び笑いを続けている。
 原因の多くは、将軍とタルボの表情があまりにおかしいせいだろう。二人ともまだ自分を取り戻せていない。ナシアスでさえ、時折そっと口元を隠しているくらいだった。

「その……だな。娘」
「なんだい、おじさん」

 国王の口元で、ぐふっと奇妙な音がした。
 笑いを噛み殺すのにちょっと失敗したのである。
 ドラ将軍は横目で国王を睨みつけたが、髭の口元を噛みしめ、特大の拳を握りしめて再度挑戦した。

「あれだけ苦労して乗りこなした馬を放してしまってよかったのか。次も捕えられるとは限らんのだぞ」
「大丈夫。向こうから遊びに来るよ」

 机につっぷしそうになった将軍だが、どうにか踏みとどまった。タルボも、今までならここですかさず怒声を上げたものだが、どうにも次の言葉が出なかった。
 それに代わって、比較的はやく衝撃から立ちなおったシャーミアンが問いかける。
 リィを見下ろす榛色の瞳には、心からの感嘆の色が浮かんでいた。

「リィは怖ろしくなかった? 黒主は相当怒ったでしょうに」
「最初はね。でも動物は人間と違って話がわかるから、友達になるのも難しくないんだよ」

 肉の固まりを取り上げながら、少女は大真面目に言ったのである。

「……なるほど、黒主はおまえの友達になったのか」
「そう。人間はだめだよ。全然話が通じないんだから」
「俺もか?」

 悪戯気を起こして尋ねると、少女はかわいらしく首を傾げて、

「ウォルは人間にしては、ずいぶんましなほうだ」

 と、言ってのけた。
 その場にいた忠実な臣下たちは半数は顔を真っ赤にし、半数は苦笑を禁じえなかったのである。
 しかし言われた当人はまんざらでもなく首をかしげ、この場にいない娘を出した。

「では、はどうだ?」

 リィの肉を持つ手が、ぴたりと止まる。
 そのままウォルの顔を見上げて、何とも言いにくそうに翠の眼を細めてみせた。



はさ、なんていうか……あれは人間でも人間じゃなくても変だよね?」



 国王が吹き出した瞬間、部屋の扉が開け放たれた。
 両手が塞がっているためノックなしに現れたに、場の視線が一気に集中した。
 部屋にいる誰もが息を飲んで見つめてくるその雰囲気に、驚いたのはの方である。扉の前で立ち往生したまま、檸檬色の双眸を瞬かせた。

「……何? どしたの?」
「い、いや、特に何もないぞ」

 どこか動揺しつつも手招きするウォルに、訝りながらも部屋に踏み入った。
 厨房からそのまま運んできたのだろう、去勢鳥の丸焼きや川魚が丸ごと入った汁物、山盛りの蒸かし芋など、ずいぶんと豪勢な大皿を幾つも机に並べていく。

「はい、熱々貰ってきたから」
「……あ、ありがと」

 目が泳ぎつつも食欲には勝てず、リィは早速料理に手を伸ばす。
 そんな姿をしばらく眺めていたは、本来の目的を思い出し、ドラ将軍からナシアス、ウォル、そして机に肘を突いていたイヴンを見た。

「イヴン、肩凝ってない?」
「は?」
「このあと、急ぎの用事とかあるかな?」
「特にないが、何でだ?」

 突拍子もない質問に、思わずイヴンは首を傾げた。
 そんな様子に構わずに、ぱきぱきと指を鳴らしながら笑顔でにじり寄っていくに、何となくイヴンは一歩下がってしまう。

「賭けって私の勝ちだよね? あの約束、今使ってもいい?」
「まぁ約束だしな」
「そりゃあ……好都合だ

 何が。
 そんな質問をするほど彼らは――の友人は鈍くない。
 唯一事情を知らないでいたリィも、顔が引きつっている国王の耳にこっそり耳打ちして問い質す。

「……、イヴンと何賭けたの」
「……お前が無事に戻ってきたら、半刻ほど体を貸せ、とな……」

 ごくりとリィが息を飲んだ。
 つまりあれだ。


 実験台


 今は不思議がっているイヴンも、その身をもって経験するだろう。
 この後の展開を簡単に予想できてしまったリィは、急いで料理がまだ残っている皿を抱えて立ち上がり、ウォルとナシアスはドラ親子の背中を押しながら、ひたすら静かに退出することにした。

 そして夕陽も沈みかけたロアの空に、哀れな叫びが響いたかどうか。
 彼の今後の矜持のためにも、ここは省くことにする。





 ようやくロア編です。馬鹿話ですみません。

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